Chapter 4
河村 俊江
Episode 2
しなやかに働く
人事総務部
総務・CSRチーム
チーム長
2007年入社
河村 俊江
Toshie Kawamura
提示すべき価値
2011年春から1年間、河村は米国・ヒューストンにある海外事業会社、Marubeni-Itochu Tubulars America, Inc.(以下、MITI)での実務研修の機会を得た。
カナダも含む北米は、世界最大の油井管マーケットだ。地理的事情のため、中東より高頻度で油井を掘削する必要があり、その分、消費される油井管の数量も多くなるからだ。
「活気ある北米の油井管ビジネスの現場を、やっとこの目で見ることができる」
それまで担当経験のない地域ということもあり、河村は期待に胸が躍った。
研修での1年間は、新たな発見の連続だった。北米で大きな影響力を持つ油井管問屋にも何度となく足を運び、即断即決のビジネスや、卓越した在庫管理・輸送システムに驚かされた。
しかし1年後、帰国の途に就く際の河村の心のなかには、後悔の念が残る。
「大きな宿題を残してしまった……」
実は着任した際、MITIの油井管トップである副社長からこう厳命されていた。
「日本の本社とのやり取り、日本語でのやり取りはすべて禁止する」
多くの駐在員は、日本にいる営業担当と現地の事務所との橋渡し役を担うのが一般的だ。しかし、今回の研修ではそれが禁じられた。そこで河村は、現地スタッフと同じ業務に取り組んだが、地域の事情に精通した彼らには全く及ばなかった。
「私はここで何をすべきなんだろう。本当に何もできないんだろうか。」
最後まで答えがでない課題だった。
MITIの副社長は、自分に「駐在員であることに甘えず、ゼロベースで『自分がここで何ができるか』を見出し、その価値を提示してみせろ」というミッションを暗に与えたのだろう。しかし、結局それを見出せずに1年が過ぎさってしまった。
「自分が今いるこの場所で何ができるか」を見つけ、その価値を提示すること。それは、この研修に限らず、一社会人として常に求められることだ。この宿題の解決に、河村はもう少し時間を要することになる。
働きやすい風土
それは、河村にとって想像もしなかった辞令だった。
「ケー・アンド・アイ特殊管販売(※4。以下、K&I)に出向してもらう」
米国から帰国し、元の部署に戻って1年弱。MISIにおける油井管営業のスペシャリストとして、さらにキャリアを積み重ねようと意気込んでいた矢先の、別会社への出向だった。
「なぜ今なんだろう…」
自らの意思に沿わない異動・出向は、サラリーマンの宿命である。わかっていたものの、いざ自分の身に降りかかると、さすがの河村も少し落ち込んだ。
しかし、重い足取りで出向先に向かうと、まず目に飛び込んできたのは、社員たちがいきいきと働く姿だった。驚きつつ、新たな同僚たちにあいさつすると、営業部長がこう声をかけてきた。
「今までの実績は聞いている。ロス(赤字)さえ出さなければ、好きなように仕事をしていいよ」
その言葉を聞いて、河村は直感した。
「ここで働くことは、自分の中の何かが変わるかも」
実際、K&Iで働くうちに、河村に大きな変化が生じていった。
それまでは、成果を上げたいという思いが人一倍強かったゆえに、先輩社員も含めた同僚すべてがライバルという意識で、目の前の仕事に没頭していた。そういう周りと切磋琢磨して働く状況は決して嫌いではなかったが、同時にタフな環境であるのも事実だった。
一方、K&Iの社内の雰囲気は終始とても和やか。各々が忙しいなかで適度にリラックスしつつ、アットホームな環境の中で周囲と調和しながら前向きに仕事に臨んでいた。
それは、K&Iの社長と、河村の直属の上司である部長の心遣いの賜物だった。彼ら自身も早朝から深夜まで精力的に働いていたが、同時に細やかな配慮を欠かさず、部下たちのことを常に気にかけつつ、積極的かつ柔和に話しかけていた。
K&Iの雰囲気に感化され、河村は社会人になってから初めて、心の底から「仕事を楽しむ」感覚を覚えた。多忙でありつつも、心にしなやかな柔軟さを持てることはむしろ仕事の質も向上させていることに気が付いた。
「自分も、こんな誰もが働きやすい風土をつくり出せる人間でありたい」
河村は、心の底からそう思った。そして、ここでもう一つの新たな変化も現れつつあった。
(※4)ケー・アンド・アイ特殊管販売:JFE商事が60%、伊藤忠丸紅鉄鋼が40%を出資する輸出販売業者。JFEスチールが生産する特殊管の輸出販売を主に担っている。
宿題を終わらせて
K&Iで働くうちに、河村は心の余裕を持てるようになり、社内の仕事全体を俯瞰して観察するようになった。すると、この会社における新たな可能性にも気づいた。
「私にできることが見つかった…!」
河村にできること、それはK&Iでさまざまな鉄鋼メーカーの特殊管を取り扱えるようにすることだった。
それまでK&Iで販売する特殊管のほとんどは、JFEスチールで生産されるものだった。しかし、顧客によっては、そのメーカーでは製造していない種類の特殊管が必要となる場合もある。
河村は社内の了解を取りつけ、自ら外部との交渉も重ね、他の鉄鋼メーカーの取扱数量を大きく伸ばすことに成功した。長く油井管営業に携わり、さまざまな鉄鋼メーカーと良好な関係を築いてきた河村だからこそ、成し得たことだった。
「自分が今いるこの場所で何ができるか」を見つけ、その価値を提示する。米国での研修以降、ずっと河村の心の中に残っていた宿題を、ようやく終わらせることができたように思えた。
* * *
そして現在、河村は人事総務部 総務・CSRチームでチーム長を任されている。結婚と3度の育児休暇を経た今は、より全社的な課題に対して当時と同じ熱量をもって日々やりがいを感じながら取り組んでいる。
「総務は、社内の風土を変革できる数少ない部署。私がやるべきことはたくさんある」
もう「自分が今いるこの場所で何ができるか」を見出せずに悩んだ若手のころのような姿はない。そこにいるのは、誰もが働きやすい風土づくりのため、しなやかに仕事に取り組みつつ、なおも成長し続けるひとりの商社パーソンだ。